沖縄で思ったこと➂ 戦争の語り部たち

4/25の辺野古座り込みは100人程度だったが、4/29日県民集会で3000人集まっている。5/1日は60人で、人数が少ないのを見計らって砕石・資材搬入が行われたようだ。
座り込み開始から1000日を過ぎ、闘いは長丁場で浮き沈みがある。諦めた方が負けだ。


集会では老若男女が、それぞれ発言したり歌ったりしている。
ゲート前の座り込み闘争を主導しているのは60~70代の退職者たちで、海上行動は30~50代の若い世代だそうだ。

その中で特に、高齢者のおじいおばあ達の話に惹きつけられる。
日に焼けた褐色の皺の顔。目は一点を見据え揺るがない。声が腹の底から出ている。絶対基地建設は許さない内に秘めた覚悟が、全身から溢れている。

80歳から90歳ぐらいだろうか、おそらく沖縄の地上戦を潜り抜けた人達であろう。
あの地上戦は敗戦直前3ヶ月間続き、4人に1人、20万人以上が死んだ。半数は民間人だった。(地上戦は硫黄島でもあったので、沖縄が唯一ではない。)
悲惨な戦争の体験を伝え、自分の後先よりも、子供達の未来の為に、絶対あきらめないという気迫が伝わって来る。


基地反対運動は、県民への被害だけでなく、他国へ侵略する加害を無くす闘いでもあった。
ややもすると被害だけを訴えている運動のようにも見えるが、おじいやおばあ達はそうではなかった。
被害も加害もどちらもやめろと言っている。戦争自体をやめろと言っている。その為に基地を無くせと願っている。


これは根競べ、あきらめた方が負けだ。
おじいやおばあ達は、大本営の「捨て石」となって追われ、家族と死に分れ食べるものも無く屍のなかを彷徨った。その地上戦の延長を生き抜いてきたのだ。
戦後72年、人生のほとんどを闘い続けてきたのだから、あきらめるも何も、引き下がる場所など無いのだろう。

垂れ幕のスローガンに「沖縄は勝つまで絶対あきらめない」とある。
絶望を潜り抜けた希望、その気持ちが若者にも伝わっている。

これで負けるわけがないだろうと思った。
それが沖縄に来て一番肌身で感じたことだ。
戦争の語り部たち、その話をじかに聞くだけでも、来たかいがあった。




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悲惨な沖縄にあって、明るく元気な歌声に出合う。
絶望から希望が紡ぎ出されるとき、涙も笑いも浄化されピュアなものになる。
これと同じ光景を福島の集会でも見たことがあった。
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『辺野古崎の風に吹かれて』
右側のおばあの実話をもとに、この歌詞がつくられたとのこと。
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by turnipman | 2017-05-03 14:18 | 頑張らないけど諦めない | Trackback | Comments(0)

南海の波打ち際で         記録写真


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