都議選と過去の自分探しの旅

7/2都議選投票日までの一か月近く、選挙応援で東京へ行っていた。
安倍政権の狂った暴走に居ても立ってもいられず、この都議選で東京から流れかえようと、知り合いの伝手で共産党候補者の応援に馳せ参じることにした。

♪東京へはもう何度も行きましたね 君の住む麗し都♪ てな昔の歌みたいな軽いノリで出かけたのだが、、、 とんでもなかった。
突然鳴門海峡の渦潮にような運動に巻き込まれ、気が付いて周りが見えて来て頃には選挙が終わっていた、という感じであった。

帰ってからも時差ボケから暫し立ち直れず、韓流ドラマ『馬医』50篇などを延々と見てすごした。相方は、中国語のラジオ講座を聴いているし、なにやら二胡なる楽器を始めるらしい。
脈絡が分らない。山の暮らしに復帰する、浦島太郎になった気分である。。

かつて久米宏のニュースステーションに出ていた立松和平という作家が、パリ・ダカ―ルのラリーにチームで参加していて、「砂漠に巨大な金と労力を投げ捨ててくるような快感がある」みたいなことを言っていた。
都議選ってそんな感じがしないでもない。疲れ果てた一方爽快でもある。



東京は若い頃22年前まで住んでいたし、今でも毎年のように通過するから、勝手知ったる処である。
地下鉄網の変わり具合には戸惑ったけれど、商店街や街路樹や路地裏のたたずまいはあまり変わっていない。その感触は名古屋、京都、大阪とも違っていて、それは空気の違いから来ているのかもしれない、と私は常々思っていた。。

今回そこで不思議な体験をした。

行った先々で沢山の人達と知り合いになったのだが、どの人も以前どっかで会ったような気がしたのだ。
いや、初対面のはずなのだが、勝手知ったる仲だったような、前世の記憶かいなとか? 何となく訝しい錯覚を感じた。

帰ってからP子さんにその不思議な話をしたら、「それは東京顔ではないか」というご指摘あり、なるほど、東京には東京人の顔があるかもしれないと納得した。
東京は田舎人達の坩堝である。各地の田舎もんが異邦人のごとく大集団を作り、共通した顔立ちになる。だから22年前まで、私はその顔達にさんざん付き合っていたということなのだろう。


そして、話が出来過ぎていると思われるかもしれないが、その選対地域で奇遇にも小学校の男性同級生と出会った。50年ぶりかで再会しミニ同級会まで開いてくれた。
また宿泊していた処のすぐ側では、四谷に居た頃一緒に住民運動をしていた女性と出会った。こちらも25年ぶりぐらいの再会で、四谷で昔の仲間と会って歓談した。

東京砂漠でかつての知り合いに出合うということは、きっと奇跡的な確率に違いない。
二人は会津と新潟の生まれで、雪深い故郷より東京で暮らすのを良しとしたようだ。私は田舎の方が良くて脱東京した方だから、人それぞれだ。
(因みに同級生男子の生まれた村は、5/27付け『新緑の会津』の風景が見られる所にある。「そこに帰りたくないなんて信じらんなーい!」とは言っておいた。)



そんな訳で、東京遠征の本題から外れたが、私にとって今回の都議選は過去の自分探しの旅ともなった。
とまれ、梅雨が明け、相方も梅干しを準備する時節となった。そろそろ選挙後遺症から立ち直って、気分転換しボチボチ纏めてみようかと思う。




帰ってからネットを見て、面白くて分かりやすいのを貼っておく。
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by turnipman | 2017-07-21 11:14 | 思いのままに | Trackback | Comments(0)

南海の波打ち際で         記録写真


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