忖度と委縮の社会閉塞状況に立ち向かう力

郷土愛と言うのなら私は人一倍強いのかもしれません。
しかし、正直言って「兄弟愛」「家族愛」を単位に、そこから「民族愛」「国家愛」なんて繋げられると、ウエーっとなります。

末っ子で兄姉が多すぎて、上から順に成長し一人一人家を出て行くのは、清々したぐらいでした。(兄姉の皆さんゴメンなさい 笑 )。
そして君が代日の丸なんて戦前の軍国主義を連想するので、見るのも聞くのも敬遠します。

かといって兄弟とか国家とかを、特段に好きとか嫌いとかいうわけではないのです。
兄弟会は年一回集まるので周りでは仲のいい兄弟と思われているようですし、国家間のスポーツや交流などは結構なことだと思っています。

つまりその程度でしか受け止められないのです。


何ていうのか、「兄弟愛」「国家愛」とか、それが国策となると、個人の顔が見えなくなり、全体の命の連なり見えなくなる様な気がします。
国策となると、人権が抑圧され他国との争いがメインに浮上してきて、胡散臭くなります。

私の場合は、親のコスモポリタン的思想の影響なのか、お陰さまで自然愛とか個々人への愛とかはあります。
それは生理的本能的にあるのであって、それだけで十分充足しているのです。
自然愛とか個々の愛とかを別の言葉に置き換えれば、郷土(自然)と生き物(個々)への愛ということになるでしょう。

しかし国家愛なんていう概念は全く無いのです。
‟愛国心”と言うのは、国の権力を握っている者へ忠誠を求める方便にすぎないと思います。国とは支配資本であり、権力とは軍隊のことです。


故郷はいつも変わらぬ自然があり、変わりゆく人達の姿がありました。
それを壊そうとするのが、基地であり原発であり、背景に潜む国家主義(愛国主義と言っても良い)なのだと、旅の終わりにしみじみ思ったものです。


そんな訳で、帰って来て少し戦闘意欲が湧いてきました。

次は天下分け目の東京都議選です。
国政に影響与える歴史的選挙になるでしょう。
もちろん応援するのは、安倍政権の政権私物化を糾弾し、9条守り加憲も認めず、豊洲移転反対築地再整備、福祉暮らしを最優先する、もう共産党しかないと私は思います。
国家ファーストとか東京(実は都民ではない)ファーストだとか、個々人の都民が報われない政治は、もうまっぴらゴメンです。


今の忖度と委縮の社会閉塞状況に立ち向かうのに、私の場合は郷土と生き物を愛する力があれば立ち向かえる。
心構えにお金はいらないし、簡単なことで、それだけあれば十分です。
そして諦めない限り、必ず最期に(この)愛は勝つ~♪ と信じて、東京へ行ってみよう。




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by turnipman | 2017-06-03 18:14 | 頑張らないけど諦めない | Trackback | Comments(0)

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