冬の出来事(12~2月)

陽光きらめく暖かい日が続くこの頃です。
あちこち野生のミカンが実り、枝垂れ梅の花が咲き終えて、メジロが飛び交い囀り、ネコは庭を駆け回り日向ぼっこをしています。

トランプ騒動やらアベ友学園まで面白く追っかけしていましたが、外界はいつの間にか春を告げているようです。
啓蟄の候、虫がもぞもぞ這いだす気配、、。何やら楽しげな予感がします。




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とり急ぎ、冬の出来事(12~2月)を備忘メモ



参院選挙の野党共闘で関西では唯一三重県で勝利し、その教訓を学ぶ集いがあった。三重では市民連合主導で辛うじて勝利している。
明らかに関西地域では、東北甲信越と比べると、市民連合の動きが弱かった。この地域でも野党共闘の反省等あり、市民連合を盛り上げる気運が強まっている。
若い人達の集いあり。年金者組合の対町交渉に出て面白かった。

世界遺産となった古道巡り一人歩きした。

正月娘が孫を連れて来た。
正月家の周りを10周ジョギング4日間ぐらいする。
その後ひどい風邪に襲われ中断。たぶん孫達が都会から持ち込んだ風邪と思われるが、何十年と風邪などひいたことなく、こちらの免疫体系が間に合わなかったようだ。
ところが1月末から急に左膝が歩けないほど痛くなる。今ではだいぶ良くなったが、病院によるとじん帯の付け根を捻ったのが原因らしいとのこと。私は年甲斐もなく正月に10周ジョギングしたせいではないかと反省している。

地方の映画館では見たい映画が上映されない。リクエストが多いと上映するらしい。
それで‟良い映画を観る会”を一人結成し、電話でリクエストしようと呼びかけることにした。
今回は『母』『スノーデン』『サイレンス』。


★家事仕事
年末年始久々に気合い入れて大掃除する。
トイレの壁をぶち抜いて換気扇を取り付けた。


★野良仕事
鶏山のポンカン作業のお手伝いする。
レモンの木植える。藤の木移植する。

日当たりを良くするために木を何本か伐採した。
「ありがとう、ごめんなさい、、」と唱えて伐採するのが慣わし。
前面に見えるようになった杉の木を、P子さんは‟幸せすぎ“ と名付けている。(腕を交差し子供を抱きかかえているらしい?)





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★小森山動物記

特になし。
あ、キナがメジロを襲うのを目撃した。
気配を消して忍び寄り、一瞬シュッと消えたかと思いきやメジロを咥えていた。
畏るべしハンターキナ! 猫の身体能力を舐めてはいけない。




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★読書
『死に勝つまでの三十日―小止観物語』 松居 桃楼
『大鮃』(おひょう)  藤原 新也
『風にそよぐ葦(上・下)』 石川 達三
『教団X』 中村 文則
『ピストルズ』 阿部 和重

*下の3冊は長編小説。どれも面白かった。解説は長くなるのでやめる。

★演劇
『幸と歩』 串本古座高校演劇部

★映画DVD
『ビハインド・ザ・コーヴ 〜捕鯨問題の謎に迫る〜』 2015年 八木景子

*2010年に公開されアカデミーを受賞した『ザ・コーヴ』へのアンチとして歌山県・太地町で取材撮影している。
鯨やイルカは可哀そうだから捕るなって言うのなら、なんで自国の牛肉食生活は抗議しないのかって不思議に思っていたが、その理由がわかった。
シー・シェパードとか反捕鯨団体が、南極洋やど田舎の太地町まで来て抗議するのは、つまりは辺境の反捕鯨報道は金になるが、自国の反牛牧場報道なんて面白くないのでスポンサーが付かず金にならないということでした。つまらん連中ー!

『ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声』 2015 アメリカ フランソワ・ジラール
『名探偵ホームズ』 1984-1985 宮崎駿
『パンダコパンダ』 1972 監督高畑勲 脚本宮崎駿

*トトロの原型ここにあり。

『風の丘を越えて/西便制』 1993 韓国 林權澤(イム・グォンテク)

*これ観るのは三度目。

『男はつらいよ 望郷篇』 1970年 山田洋次

*‟寅さんカフェ“という催しあり、久しぶりに男はつらいよシリーズの第5作目を観た。




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PS:
初めて寅さんを観たのは確か1971年だった。上京して知り合った友人から「とにかく面白いから」と誘われて観た。「まくらサクラ持ってこい」というおいちゃんのセリフを覚えているから、この作品に違いない。
その時の映画館の中といったら、観客は大爆笑の連続だった。くすくす笑いなどではなく、お腹が捻じれて痛くなるほど、皆が笑い転げていた。

この映画を再度観てみると、確かに面白いのだが、むしろシリアスな映画に見えてならなかった。
やはり外国人には理解できないのではないか、今の若い人達は腹を抱えて笑うだろうか。そしてあの頃の日本人にだけ受けたのではないかと思った。

山田洋次が、戦後1960年代後半から1970年代前半が最も良い時代だった、みたいなことをどこかで言っていた。もちろん寅さんが爆発的にヒットした時期に重なる。

あの頃、高度成長で経済復興し戦後は終わったと言われた頃。忠君愛国主義から民主主義社会へと世相は変わった。しかしその反動として近代功利主義に疎外を感じる若者達が多かったようだ。
アンダーグランド、ヒッピー、アウトロー、反体制、、、。寅さんは社会生活に合わすことの出来ないはみ出し者であって、何度失敗しても反省出来ない日本人として描かれている。

それを見て観客は我がことのようで共感して笑ったのだ。寅さんの中に自分を見出して笑ったのではないだろうか。決して人をバカにした笑いではなかった。
あの頃、山田洋次が最も良い時代と言ったのは、そんな多様な生き方を認め合った社会だったからなのだろう。生き方が多様なほど豊かな社会なのだと、山田洋次は映画で表現していたと思う。

当時東映のヤクザ路線があって(高倉健や菅原文太)、そのパロディとして松竹では寅さんは作られる。そのどちらも社会のはみ出し者が主役で、一世風靡していた。
その後80年代は、シリーズものに味をしめた映画界は二匹目のドジョウを狙って、東映は‟トラック野郎”、松竹は‟釣りバカ日誌”をシリーズ化する。が、それは徐々に社会に順応した主役の登場であり、私的には面白くも何ともなかった。だから寅さんシリーズは全作品見ているが、これらのシリーズはまったく観ていない。

あれから40数年が経つ。勝ち組だ負け組だと言われ、空気を読めと言われ、ニートだ引きこもりだと、はみ出し者は内に籠るようになり、ブラック企業が蔓延し、人が多様には存在できなくなっていった。かつてはアホ丸出しのネトウヨ的差別やヘイトは希少であったし、イジメは多少あったかもしれないけれど、今と比べれば随分子供らしく健全であった。もちろん子供の自殺などは自分の周囲では皆無だった。

寅さんの面白さは永遠ではないのかもしれない。

しかし、あのもっとも多様性が受け入れられた時代に、抱腹絶倒して寅さんに共鳴した世代は、それ以降もずっと見続けてきたようだ。その多様なキャラは愛おしく、柴又の風情は憧れであり、癒され夢のように、我々世代の心の中には永住していた。だからそんな観客に応えるべく、渥美清が亡くなるまで全48作、ギネスブックに載るほどに作り続けられたように思う。


備忘メモがついに長くなってしまった。お終い。
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by turnipman | 2017-03-08 16:52 | 南島にて | Trackback | Comments(0)

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