河の流れる町に

1月日本列島40年ぶりかの猛烈な寒波が到来し、南国で見たことも無いような積雪のあった日に、相方の実家の長兄が亡くなりました。
正月に風邪気味で入院しいずれ治るだろうと思っていたところ、多臓器不全となりあっという間にこの世を去ってしまいました。。


いろんな思い出が過ります。
家族や縁者を大事にする、親分肌で面倒見の良い人でした。実家に行けばよくお酒を頂きお世話になりました。
商売上、大手が繁盛すれば地方の中小も景気が良くなるという、トリクルダウン的な考えには賛同できなかったけれど、いろいろな話をしてくれました。
付き合いが広く仲間内の人望も厚かったようで、葬儀には沢山の人が集まりました。その弔辞や身内の悲別には、こちらも目頭が熱くなりました。


その亡くなった日は折しも、気分転換に相方の花買いに付き合って、実家のある町に行っていました。
所帯を持ってから何度も訪れた処だけれど、こんなに雪が積もったのは初めてのことでした。

大きな河が流れ海に注ぐ河口近くに、その実家はあります。
夏になるとこの河で灯篭流しが華やかに行われます。これまで相方の父、母、姪を見送りました。今年の夏は義兄を見送ります。




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PS:
1月は孫が来て義兄が去り、世代交代は自ずとやって来るようです。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず・・」なんて『方丈記』の有名な出だしを思い浮かべ瞑想しました。

河はどこから来てどこへ行くのか? 水源から始まり最後は海へと注ぐ。しかし誰もが知っている通り、やがて海水が蒸発し雲となり再び水源以下に雨を降らせ集まるということは、循環しているということでもある。仏教で言えば‟輪廻“のようでもある。ただ河の一滴は前世の流れの記憶は持たない。循環だけを眺めれば0であり無のようでもあり、いわば過去も未来もない。違っているのは有機物の残骸や記憶を海に運び続けているということ。生きた諸々を海に堆積しその羊水の質を絶えず豊饒にしている。それが循環輪廻の目的かもしれない。。だとすれば、あの世の黄泉とこの世の海洋はどこか繋がっていても良さそうだ。サヨナラだけが人生とか云うけれど、あの世でまた家族会出来るんじゃないか、なんて河の流れる町に思う。
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by turnipman | 2017-02-05 14:45 | 残土録 | Trackback | Comments(0)

南海の波打ち際で         記録写真


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