2017年労動時間短縮は重要な課題

年の瀬も迫って「ブラック企業大賞2016」 大賞に電通が選ばれ、まつりさんの母の手記が公表され、28日書類送検を受けた電通石井社長が長時間労働で引責辞任を表明した。


高橋まつりさんの自殺に対して、東大受験に没頭し社会生活に適応できない資質が形成されたとして、受験体制の歪みからと説明する人もいたが、しかしそれでは自己責任へのすり替えにしかならないのではないかと思う。
入退館記録から算出した残業時間は月130時間。三田労働基準監督署も過労死ラインとされる月80時間を超える105時間を認定 している。
私が社畜だったころの経験では、定時夕方5時から6時までは夕食とし、6時から午前0時まで6時間会社にいたとすると、週休2日で月22日間就労でほぼ130時間となる。つまり朝8時から深夜0時まで1日16時間会社に拘束されているわけだ。残り8時間から通勤時間衣食住時間を差っ引けば、睡眠時間は僅かしかなかったことが推測できる。「自殺するぐらいなら辞めればいいのに」と言う人もいるけれど、そんな判断すらマヒしてしまう状況に追い込まれたということだ。そこには個人の資質に解消できない、企業の長時間労働に問題があったことを見据えなければならない。


そんなブラック企業が実は身の回りにも蔓延しているのを知っている。
娘の前の会社もそうであった。私のいた会社はパワハラなど無くブラックでは無かったが長時間労働であった。「残業はできるだけしないように」という建前で、「残業するのは仕事ができないからと」見做されるから、昇給やボーナスの評価が下がるので残業代はあまり請求しないという風潮があった。いわゆる強制なきサービス残業だ。フレックスタイム制でタイムカードなど無く、仕事をしていようとしていまいと勝手で就業時間は自己申告で相互監視となる。(従って私は気が楽で、街路樹観察で散歩ばかりして、帰るなり部下によく睨まれたものだ 笑)。成果主義なので表向き忙しいふりをしない。けれど上司が居ない時ほど必死に仕事する。家に持ち帰ったり休日に会社に行って仕事をする。だからトータルでは時間外労働は100時間ぐらいにはなっていただろう。


この様な長時間労働や、派遣労働や非正規の不安定雇用の増大、フレックスタイム制や裁量労働など就業時間の規制緩和などの動きはいつから始まったのだろうか。私は90年代初頭から顕著になったように記憶している。
「会社の深夜の仕事が、東京の夜景をつくっている」。。 90年代の東京の夜景と共に、空調が普及し都市熱による夏の熱帯夜を生み出したことを、今では懐かしく思い出す。

80年代末のバブルがはじけた後で、M&Aで吸収合併が頻繁に起こり雇用形態も急速に変化していった時期だ。多国籍大企業に再編され、不安定雇用の長時間労働が広がっていった。今風に簡単に言えば貧富の格差拡大が急速に進んだ。他方で勝ち組だ負け組だ自己責任だと言われ、家庭内暴力事件が頻繁に起こるようになった。そして90年代から空白の20年と言われ、新自由主義だグローバリズムだと言われるようになっていった。

その予兆は80年代にもいくつかある。第二の産業革命と言われたコンピューターの普及が急速に進んだし、実務のOA化や産業ロボットの登場により、一部の専門職と使い捨て労働を区別するようになった。派遣労働、パート、アルバイトなどの非正規雇用が増えた。不安定雇用の方が使い勝手が良いということになった。
それに呼応するかのように労戦の右傾化があり、総評が分裂し連合と全労連に分かれる。この連合が労使協調で悉く不安定雇用の労働諸法制に協調していく。原発稼働や武器輸出にも賛同していった。今では野党共闘に必死で抵抗しているのだから、闘わない労働貴族の巣窟である連合は、諸悪の根源だと私は確信している。



ただ誰も言わないけれど、私は1991年のソ連の崩壊が不安定長時間労働を誘引したのではないかと感じるところあり、ちょっと調べてみた。

1817年、イギリスのロバート・オーエン(後に空想的社会主義者と評された)が初めて「8時間労働」をスローガンに運動を始めた。イギリスの産業革命時は1日10時間から16時間だった。
その後欧米で労働運動が高まり、アメリカでの8時間労働制要求のゼネストがあったりして、エンゲルス指導の第二インターナショナルで5/1日をメーデーとした。

1917年、ロシア革命が起こり、全労働者を対象に「8時間労働制」を宣言する。
その後革命の連動を避けるために欧米各国も「8時間労働制」に踏み切っていった。国際労働機関ILOが創設され、「8時間労働制」を第一号条約として結ばれたのが1919年である。

そして来年は2017年、労動時間短縮は重要な課題となるだろう。100年スパンで分かりやすい符合である。それにしても100年ぐらいで8時間労働制は、特に日本では実質形骸化していった。

ソ連崩壊に際しては日本共産党も大歓迎していた。ソ連の覇権主義的干渉と一貫して闘ってきた歴史があったからでそれは理解できる。その後ソ連崩壊後官僚主義や大テロル強制労働の実態も明らかになった。
しかし私はソ連を全否定する立場ではない。少なくとも「8時間労働制」はロシア革命によって全世界にもたらされたと評価している。

1991年のソ連崩壊は一見資本主義の勝利が宣伝され、米国の一極支配がはじまったとされた。その結果はどうであろう。1%の富裕層によるグローバル支配と、中産階級の没落そして労働者の労働条件の悪化である。
ソ連崩壊以降ライバル比較する必要が無くなったグローバル資本主義は、8時間労働制のタガを外し長時間不安定雇用は野放しにしていった。権利意識の高いヨーロッパはまだしも、産別組合の力の弱い日本で「カロウシ」が国際用語になるぐらい顕著に現れてきたのではないか。

資本は労働者の連帯した運動が無い限り、外圧による不都合でも無い限り、とめども無く労働条件を引き下げ、ひたすら収奪する習性がある、みたいなことを誰だったかどっかで言っていたが、、。
(PS:思い出した。マルクスが「労働日」に言及し、「"大洪水よ、わが亡きあとに来たれ!" これがすべての資本家およびすべての資本家国民のスローガンである。それゆえ、資本は、社会によって強制されるのでなければ、労働者の健康と寿命にたいし、なんらの顧慮も払わない」と述べていた。)


民主的な国家による法的規制が無い限り、企業の労働時間の短縮や不安定雇用の改善はあり得ない。そのことが2017年の真剣な論点になるように、特に若い人達、孫の世代の為にも願っている。




a0170390_09185005.jpg

[PR]
トラックバックURL : http://turnipman.exblog.jp/tb/23508345
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by turnipman | 2016-12-29 09:47 | 一言風刺 | Trackback | Comments(0)

南海の波打ち際で         記録写真


by turnip