原発事故から5年「絶望状況に屈しない希望を持とう」

福島原発事故が起きてから5年が過ぎた。

原発事故問題を考えると、その理不尽さに嫌気がさし体調が悪くなるので、しばらく書かないようにしていました。
この絶望的な救いようのない事故にあって、どこに希望などあるのか、そんなものあるわけないと思いつつ、希望だけを探し求めウロウロさ迷っていたのですが、ひとつ出会いがありましたので書き留めてみます。


先日「福島を忘れない」というイベントあり、‟希望の牧場“吉沢正巳さんの講演があったので聴きに行きました。
‟希望の牧場“は、直接現地を視察した人達の話を聞いたり、本を読んだりしていたので、ある程度予備の知識はありました。でも講演では更に、事故当初からの現場での生々しい体験談を聴くことができて良かった。


フク1原発から14Km離れた浪江町の高台に‟希望の牧場“があり、立ち入り禁止区域で5年経った今も、売れもしない牛にエサを与え続けている。
事故当時330頭だったのが、依頼されて引き受けたり、迷い込んだ牛が加わったりして、現在380頭に増えているそうです。

吉沢さんたちは原発事故が起き避難命令が出されても、牛を置いて逃げることができなかった。その後、作業員等の車の衝突事故が相次ぎ、殺処分の指示が出ても殺せなかった。
そこで何かしようとしたのではなく、ただ逃げることも殺すこともできなかったとのことです。
避難した人達や殺処分に応じた人たちへ非難などせず、それももっともだと思う一方、しかし他で置き去りにされた牛たちの惨状を見て、自分達には出来なかったというのが事の始まりでした。

私はそれまで、売れもしない牛をどうして飼い続けるのだろうと半信半疑で、正直言って売名行為ではないかなんて勘ぐりもしていたのですが、そんなことではなかったのです。疑った自分を恥ずかしく思いながら納得しました。


放射能汚染下での牛たちの生きた証は貴重なデーターとなり、きっと後世に役立つだろうと思うようになったのは、後から学者たちの助言などがあってのこと、そんなこともあるかなと気付かされたからでした。

100万人に1人ぐらいの発症率と言われた小児性甲状腺がんが、県内30万人ぐらいの検査で163人に達し、牛たちの多くに白い斑点が現れても、放射能との因果関係は明らかではないとされる。オリンピックの為には汚染水はブロックされているという大ウソがまかり通る。都合の悪いことは覆い隠すような社会で、牛たちの生きた証拠を残すことは、証拠隠滅との闘いでもあるだろうと、吉沢さんも主張するようになります。

やがて、誰からとなく、そこは‟希望の牧場“と呼ばれるようになる。


しかし吉沢さんは何度も考えたそうです。今も考えるそうです。
浪江町流浪の民2万人中戻るのは2千人の老人、その後町は終わるだろう。
何の意味があるのか、バカみたいかな、希望なんてあるのかな、
すべて意味を無くしここは絶望しかないのではないのかと・・・。

帰り際入り口で中沢さんに話す機会があったので、私は率直に「福島に復興などあり得ないのではないか」と尋ねてみた。そしたら、吉沢さんも頷かれていた。
本当は‟絶望の牧場”で、何処に希望を見出せば良いのかと問い続けている・・。


では福島(あるいは日本)の希望はどこにあるのでしょうか。

牛を飼うことに何の意味があるのか、功利面で見てしまうと、そこには絶望しかないのです。
吉沢さんたちは牛を置いて逃げることも殺すこともできなかったということ。そこに何の意味があるのかと、部外者が功利主義的発想で問うべきことではないでしょう。
逃げることも殺すこともできなかったから、自分自身の危険を冒しても牛を生かし続ける。吉沢さん流の‟決死救命”という一見矛盾した行為がそこにありました。


帰りに買った希望の牧場の絵本が良かった。

「俺たちはせっせと働いて、牛たちはせっせとエサを食う。
エサを食って、クソたれて、エサを食って、クソたれて ―
なんど見たって、それだけだ。
でも、それみているときがいちばん、ほっとする。」

「あしたもエサをやるからな。もりもり食って、クソたれろ。
えんりょはいらねえ。おまえら、牛なんだから。
オレは牛飼いだから、エサをやる。
きめたんだ。おまえらとここにいる。
意味があっても、なくてもな。」


「それみているときがいちばん、ほっとする」。その言葉に救われた思いがしました。

原発事故の復興など、以前と同じ状態にするという意味では、私はあり得ないと思う。二度と美しい福島(あるいは日本)に戻ることはないでしょう。フク1はやがては石棺で蔽われるでしょう。
フク1原発(あるいは日本)から逃げることも死ぬこともできないものは、その場に立ち尽くし希望をつぐむ。
「空しい願望は持たない。絶望状況に屈しない希望を持とう。」と最後に吉沢さんは言った。その希望とは、他者を生かす行為の中にあるのかもしれないとも思った。




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Commented by cocomerita at 2016-04-26 01:04
jj111ii2016 さんのところからやってきました
初めまして
中沢さんのことは ずいぶん前にテレビで見て知っていましたが、
ここで改めて記憶を新たにし
牛たちのご飯代金の足しになればと募金しようと検索してみたら
内部で分裂してもめているということを知ることになりました
もちろん それは中沢さんの活動を知って 外部から集まって来た人たちの間でですが
当然中沢さんも巻き込まれています
私は 何か面白そうなことを耳に挟むと、こうしてノコノコやってきて、本来の純粋な目的を汚していく人々にうんざりしています
残念なことです
Commented by turnipman at 2016-04-26 20:36
cocomeritaさんこんばんは。
カンパでもお金が集まるとなると、いろんな人の本性が現れるのでしょうか。大間原発で一人土地を売らないで頑張っている「あさこハウス」の小笠原厚子さんとも会う機会がありましたが、同じようなトラブルあったようです。
人の善意に取り込むような作為は嫌ですね。
募金とかはしっかりとした組織立ってやるか、信頼のおける個人を通じてやるかしかないでしょう。
by turnipman | 2016-03-29 23:36 | 2011.3.11 時代 | Trackback | Comments(2)

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