夏の旅行の終わりにⅡ

富山~長野~東京と旅行した翌日、すぐ上の姉と巣鴨を散策する。巣鴨も一度は行ってみたいと思っていた所です。
とげぬき地蔵尊や延命地蔵尊に続く参道を、二日酔い(三日酔い?)でゆっくりちんたら歩く。例の赤パンツのお店も繁盛しているようでした(買わなかったけど)。近くの染井霊園で高村光太郎と智恵子のお墓にお参りした。
ひょっとしてOLDsに出合えるかと若干期待もあったけど見当たらず、代わりに革新懇が反安保法制の街頭宣伝をしていました。


(とげぬき地蔵尊)
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その後は姉と別れ、一人で国会裏の参議院議員会館前で総がかり行動が集会しているので、明日の下見も兼ねて早めに行ってみた。知らない名前の集団があちこちに見られ胡散臭いのもある。
ママの会の赤装束の人達は元気溌剌だ。国会正面前で裏側の参議院議員会館に真直ぐ行く方法はないのかと警備員に詰め寄っていたので、「それだと国会突入になりまっせ」と忠言したら大笑いだった。
その日は四谷で泊まる。

次の日の午前はアメ横を散歩し、午後は中野で記録映画『戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)』を観に行った。
例の『標的の村』に次ぐ三上智恵監督二作目の記録映画だ。観客の人種が違うなあ、なんか知性的な人達!とまず感じる。

映画自体は緊迫した辺野古の状況を伝え良かったが、映画会の後に三上智恵監督と高畑勲監督の対談があると言うので、むしろそちらの方に関心があった。
対談は20分と短かったので多くは語れなかったようですが、高畑氏はやはり『火垂の墓』では戦争は止められないという話をしていた。この記録映画への評価では「複雑な思いがある」として即答を避けつつ、ただこのような記録映画は事実の断片を伝え、戦争を止める力になると思うと言っていた。
私の関心事は高畑勲氏の言うところの「日本人のズルズル体質」で、もっと聞きたいことが沢山有ったのですが、短時間で何となく消化不良で終わってしまった。


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そこで昔の友人達と落合い、御徒町で一杯ひっかけ5名で夕方から国会前へ行く。その日は例の若者達シールズの集会があった。
私は‟長州アベ政治を許さない会津人”のステッカーを掲げました。私としては今の政治の過ちを明治維新にまで遡る、まじめなスローガンのつもりなのですが、会津から来た仲間まで引いてしまいイマイチ浮いていた(笑)。
ただそこで聞いた若者のスピーチやコールは、彼ら自身の今の言葉があり嬉しく感じました。



高畑氏の言う、この国の‟ズルズル体質“は止めようがないのだろうか。
この旅行でずっと気になっていたことです。

「火垂の墓」が戦争を止める力にならないのなら、岩崎ちひろの愛しい子供の絵も、無言館の戦没が覚醒の絵も、戦争を止めるという意味では力にはならない。

私はかつて、『永遠の0』の本を読んで感動した。浅田次郎の『壬生義士伝』に重なる。しかしあれは反戦小説ではないと、後日理解するようになりました。
その悲惨な戦争を繰り返さないために、しっかり戦争の準備をしようというのが作者の真の狙いであったことに、後日知らされ唖然としたものです。

実話にもとづくという『戦場のピアニスト』も、ナチス将校がピアノ演奏に共鳴しユダヤ人の命を救うけれど、決して反戦なのではなかった。そんな話は他にいくつでもあります。


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戦争に取り込まれるズルズル体質に抗するには、被害者であると同時に加害者であったという自覚がなければならない。その上で‟反戦“は新しい社会を作る希望でなければならない。生きがいでなければならない。悲惨だから反対するのは当然として、そこに未来に向かう希望や面白さ生きがいがなければ、戦争を止める力にはならない。
旅の終わりのシールズの集会でそのようなことを考えました。

シールズについては、このような運動が盛り上がると何時ものことで、彼方此方からあーでもないこーでもないと難癖を付け、足を引っ張る輩が出てくるものです。それは避けては通れない。ただ私はチョッと危なっかしくは感じるけれど、今はそっと見守り応援すべきだと思っている。
何せ70年代後半から内に閉じ込められていた若者が、40年の歳月を経て殻を打ち破り、ついに自らの慢心の声で叫んでいる。私は国会前で嬉しく思いました。

彼らの運動は、カリスマを作らない、日常の若者感覚でやる、議会制民主主義の範囲内でやる、中核や革マルは入れない、無党派を貫き戦争法案に反対するならなら共産党でも自民党議員でも歓迎する、などワンイシューの大衆運動として注意深く行動している。

そのような運動は70年代にも幾つかあった。ただ私が感心したのは、例えば70年代のスピーチは「我々は~」だったのが、今は「私は~」になっていたことです。彼らはあくまでも‟個”に徹しているということ。
40年前は組織労働者やセクト団体がメインで、集団のテーマが関心事でした。そのリベラル左派の文化は90年代に死んだとシールズのメンバーが言っていた。しかし彼らはそれまでの運動を否定しているのではなく、新しい若者文化が必要だと指摘している。

「民主主義とは自分の頭で考え自分で行動し、それを集団の中で実践すること。」
一般的に言えばそういうことになりますが、40年前に‟我々“が密かに唱えていたこと、革命とか何たら以前の民主化への渇望が、今若者の運動のスローガンとして公然と掲げられている。
旅の終わりに聞いたコール、「我々は~」ではなく「私は~」だったことに、この変遷に戦後民主主義が個々のレベルまで深化してきたように感じました。この40年は無駄ではなかった。それだけでも私は救われる気がしました。
そう、その個人のレベルでの民主主義の進化なくして、‟ズルズル体質“を変えることはできないし、戦争を止めることはできない。まがい物の言い分を取捨選択していくと、そのような選択肢だけが残る。



「こんなにマスコミにも抑えられていて、いくら騒いでも無駄じゃないか」という善意の意見も聞きました。(それ自体がズルズル体質なのですが)。
無駄かもしれない、戦争は止められないかもしれない、という疑問は自分の中にもずっとあります。実際に戦争を止めるのは100年先か1000年先か、いつまで続くのかも実は分からないのです。
では何故戦争に反対するのか? その時私はふと「面白いから反対するんだよ」と答えていました。今頃になって「それで良いじゃん」と自分で自分に納得しています。

‟ズルズル体質“を止められるかどうかは、神のみぞ知ること。しかしこれまでが戦後民主主義の進化定着の歴史であったのは間違いないし、戦争進める勢力に巻き込まれて生きるよりは、戦争を止めるために働きかける方が断然面白いに違いない。
戦争法案を本気で止めようとしているシールズなどの若者の皆さんに、こんな言い方は失礼かもしれませんが、日本の若者の中で最も希望に満ち面白く生きているように思います。自分で考え自分で実践し、そのまま大きく広がって欲しい、というのが私の偽ざる心境です。



内田樹さんの8月23日SEALDs KANSAI京都でのスピーチ
http://shlonger.com/3e39a1d1ac97fa3027e6f18b090f7cac


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by turnipman | 2015-09-06 04:09 | 頑張らないけど諦めない | Trackback | Comments(0)

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