倶会一處(ぐえいっしょ)

姪の一周忌で法要がありました。
早いもので亡くなってからもう一年経ちます。
いろいろな出来事が思い返されます。


そこで和尚さんの法話がありました。「倶会一處」と題して。

倶会とは共に会う、一處とは一つの所、極楽を意味する。つまりみんな極楽で共に会うのだそうです。
人は人生号という列車に乗っている。駅に近付くと「誰々さんは次の駅でお降りください」と車内放送が流れる。その電車は満員で1人途中下車すると1人乗車できる。
列車から降りると、人生号は再び出発します。すると対向車線に電車が入ってきて、それに乗ると極楽へ行く。極楽では先に亡くなった人達と会えるのだそうです。


そんな話を聞くとホッとします。

その人生列車の行先は現世の極楽浄土なのだと仮説を立ててみました。
けれど、行先はどんな姿形なのかは誰も見たことがないので分からない。
思うに、あの世の極楽に居る人達はそれは当然分かるのですが、現世でないからずいぶんと抽象的なものなのでしょう。

抽象的な極楽を現世で造り上げること。それが人生列車の目的だとすれば・・・。
あの世の人達は背後霊のようになって、行先は右だ左だ上だ下だとエールを送り、現世では互いに舵を取り競い合い切磋琢磨する世になっている。
だから、この人生号にはレールは無いんじゃないかなあ。

人は全て望み半ばで途中下車する。けれど、人生号の中で伴侶を見つけ子供を産みバトンタッチして座席を譲る。去る者がいて来る者がいて、類的には何かを為そうとしているのでしょう。そう思うと無駄な人生は無いように思えてきます。


今年はいろいろ家事が続きます。次は娘の結婚式です。
「用意されたレールに乗ってはいけない。何もない二人寄りそって生きていけ。」
笠木透さんのこの好きな一句を贈りましょう。




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Commented by moya at 2013-05-22 23:21 x
いいお話、読ませていただきました。
ほんと、何かほっとさせられます。
悟りではなくて、自分の今生きていることの位置づけ。
ああ、そうなんだ、それでいいのだと、頷けます。
Commented by turnipman at 2013-05-23 06:56
どこかホッとする法話でした。
ならば誰に迷惑かけるでもなし、そう思ってても良いんじゃないかと。
この「倶会一處」を墓碑銘に刻まれる方もいるそうです。
Commented at 2013-05-23 13:56 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by turnipman at 2013-05-24 12:33
そうですか。
期待して掲載したら拝見させて頂きます。
ペンネーム「潮 みさき」ってそのまんまで可笑しいです。
Commented by にこ at 2013-05-28 14:50 x
ご無沙汰しています。誰にも自らは選べない乗降さね。
親たちを送ったり、自分自身の降車時刻が迫ってきた年代になり、無常感にとらわれます。
でも、あるがままに任せるしかないし、それが自然なのだとも思うようになりました。でも、抗鬱薬を処方されています。短期間でやめるつもりですが。
お嬢さんのご結婚は、明るいニュースで嬉しいです。(^ ^)
おめでとうございます。
どうぞ、お元気でお過ごしください。
Commented by にこ at 2013-05-28 14:53 x
誰にも自らは選べない乗降さね」は、ですね」のミスタッチです。
失礼しました。よろしくお願いします。
Commented by turnipman at 2013-06-10 07:13
ニコさん久しぶりです。
パソコンまた壊れ、やっと回復しました。
人は誰でも望み半ばで途中下車する、なんてところが諸行無常を感じるのだと思います。類的に希望を繋げられるかなんでしょう。

近くのお寺で「全てが失ったと思っても、未来だけは残っている」なんて文句掲示板に張り出されていました。ウ~ム分るようで分らないような・・・。
by turnipman | 2013-05-22 23:06 | 思いのままに | Trackback | Comments(7)

南海の波打ち際で         記録写真


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