1970年代の若者たち

NETで通史で眺めると、当時の若者に共通した時代感覚があったと思う。


68-69年学生運動の高揚は、欧米などの先進国でも起きている。運動の担い手は、戦後の荒廃と人口減の中で出生した団塊の世代であった。
戦後に生まれて、貧しいながらも新しい民主主義教育を受け腕白ですくすく育った世代が、60年代の高度成長を経て世の中に飛び出す時期だった。その用意された社会の有り様を見て「こんな社会は嫌だ!」と声を上げたのだ。それは米ソの二極体制どちらも嫌だと言っていた。

彼らは戦後導入された、それまでの価値観を一変する「民主教育」を受けている。今のような市場競争に適合する差別選別の教育ではなく、自由と民主主義が当たり前に教えられていた。塾など無く、イジメなどは皆無であった。

所得倍増計画で収入は右肩上がり、戦後の労働法もしっかり導入され、組合の力も今よりうんと強く労働条件も安定し、正社員が当たり前の世の中であった。
家電の三種の神器といわれたテレビ・洗濯機・冷蔵庫も行きわたり、老後の不安も今よりは遥かに小さかったように覚えている。

それが、、「こんな社会は嫌だ!」と世界の各地で若者が批判の声を上げたのだ。


今となっては理解できないという人もいるだろう。現在“正社員になり結婚するのが夢”という人達から見れば「甘えてんじゃねえ」ともなるだろう。
しかしそうだろうか。別の見方をすれば、若者が歴史上初めてと言っていいかもしれない、外に向かって自己主張できた奇跡的な時代でもあったのだ。
それは少なくとも70年代前半までは受け継がれていただろう。


やがて若者の社会運動が収斂して行った時、外に向かっていたカウンターカルチャーが4畳半文化へと代っていく。変節を美化する歌が流れる。「いちご白書をもう一度」という歌があった。♪もう若くないさと・・・♪。(今でも大嫌いな歌だ。)

かつての若者たちが外に発した問題提起は解消されたのではなく、70年代後半には内に向けられ閉じ込められていったのだと私は思う。
言葉を失った若者たち。オタク。画一化社会に迎合した無気力傾向にある若者たちを評して“新人類”と呼ぶようになったのが1977―82年とある。




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by turnipman | 2012-09-29 22:38 | 残土録 | Trackback | Comments(0)

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